10月12日

今日は祖父が崩御された日だからね。

父が言った。

父にとって祖父は国王だったのか。なるほど一家の大黒柱とはかように素晴らしい存在なのか。いや、もしかしたら父は崩御の意味すら分かっていなくて、死という文字をできるだけかっこよく娘に伝えたかっただけなのかもしれない。しかし精一杯の尊敬の意を込めたのだろうか。そう思いながら頷く。

 

二礼二拍手一礼

 

はい、じゃあお風呂に入ってくる。

 

そんな流れ作業で良いのか。

 

形だけ。母はよく言う。

形は好きだ。目に見えるから。

思いは確かに見えないけれど形を持っていない人にもあるものだから、もっと好きだ。

私は祖父が大好きだ。

 

祖父には隠し事が沢山ある。恋人がいること、高速道路を難なく走れるようになったこと、仕事をサボって図書館に入り浸った日のこと、湿気ったお煎餅を捨てたこと、たくさんの失敗あれこれ。それも今となっては全てバレているのだろうか。恥ずかしい。

 

ハロウィンジャンボ5億円の長い列、甘い匂い。

これから先、長く長く続くであろうこれから。私はこの匂いと祖父の死を繋げ続けることになる。

死は不思議だ。面白いとさえ思ったことがある。理解が出来ないから。こんな所に向けるものでは無いと分かっている私の好奇心が私の中で体育座りをする。そうだ。地球上の誰1人、死を完全に理解出来ていない。経験をしたことがないから。

苦しいだろうか、寒いだろうか、辛いだろうか、心地よいのだろうか。庭に埋めたメダカの赤ちゃんは幸せだったろうか。今も冷たい土の中で息ができず孤独なのだろうか。隣に埋めた別のメダカの赤ちゃんと仲良くしているのだろうか。新しい家で幸せに暮らし始めているのだろうか。

 

仕事帰りの電車。殺人事件とタイトルのついたハードカバーの本を読む老人。やはり死は人を惹きつけるらしい。

死を知りたい。しかし知る術はない。

形だけ。ならば私は今、電車の中で目を瞑る。

 

 

 

 

 

かにかに島にも新年

楽しいこと嬉しいこと辛いこと悲しいこと惨めなこと全部持って帰って皆に話したり海に流したりしていた私の逃げ場所、かにかに島。

かにかに島にも新年が来た。

喪中なので皆でおめでとうはできなかったが、皆良かったねって言ってくれた。

かにかに島で私に優しくしてくれる動物や人のことを皆と呼んでいるが、そこに本当に皆が居るのか何人何匹何羽何頭いるのかは私にもよく分からない。

ただ、逃げたくなった時の、逃げ場所。

でも確かに、私の居場所。

かにかに島はいつも晴れ、青空にヤシの木がたまに生えていたりして、たまに原っぱが広がったりして、たまにピンクの花が咲いたりする。

たまに風が気持ち良くて、たまに空気が美味しくて、常に泣きたくなる安心感がある。

どこにも存在しない、誰の目にも見えない、でも確かに私の中に存在する私だけの島。

皆今年もよろしく!

11月27日

11月27日

 

祖父の五十日祭。

お墓の下に本当に遺骨が入ってるということを初めて知った。

あんな所で冷たくないのかな、それが率直な感想で、本当に祖父がどこか遠くに行ってしまったような気分だった。

出てこられないように閉じ込めてしまったような、とても悪いことをしたような、お墓の下のあの暗くて狭い空間のような気分だった。

 

両親には本当に会えただろうか。かつてこの家で一緒に暮らした犬や鳥や魚や虫たちとは本当に会えただろうか。私達のことは見えているだろうか。大好きだった庭いじりは、今もできているだろうか。あの世と呼ばれる場所に、大好きな草木、鋏、家、小説、車、映画、今までの暮らしは、あるのだろうか。

体が不自由なまま亡くなったけれど、治っていて歩けているだろうか。走れているだろうか。ストレッチはできているだろうか。

 

夜中、寝室で啜り泣きが聞こえる。

誰のものか分からないが、誰のものでも同じだと思った。

 

お墓は遠くにある。

おままごと

幼い頃よくやったおままごと。

故人へのお供え物が、おままごとのそれとよく似ていて、私はいつも虚しくなる。

 

消化器官、感情、言葉を持たないぬいぐるみの前に、取り分けたおもちゃのおかずを置いて「どうぞ召し上がれ」。

 

消化器官、感情、言葉を持たない祖父の写真の前に、取り分けたおかずを置いて「どうぞ召し上がれ」。

 

どちらもその先がないことを分かって。

自分の感情を取り分けているのと同じように。

11月1日

11月1日

久しぶりに雨が降った。

祖父が亡くなった日には降らなかった雨が。

「空が泣いている」とか「鼠色の分厚い雲は僕まで飲み込もうとしているようで」とかそんな悲愴的な雨ではなく、ただ、ぱらぱらと、現象としての雨だった。

 

遡ると10月12日、祖父が亡くなった。

その日は曇りで、湿度はそれほど高くなく、さっぱりとした朝だったのを覚えている。

川の傍では、亀と鳥が仲良く並んでちょっと休憩なんかをしていて、祖父が亡くなったという事実が無ければ、なんて平和な日なんだろう、そう思った。

 

私と祖父は永遠に会えない。

会いたくて、今日も布団で泣く。

雨雲は次の人を探しに行く。